Chapter 349
―――ドクトリア王国
話を聞けば聞くほどに、魔王グスタフがどれほど愛娘の教育に力を入れていたのかが解明されてきた。魔王軍の最高戦力、その代表格である悪魔四天王が元々は単なる教育係だったとはな。考えようによっては悪魔の中でも特に強く、生活スキルにポイントを割り振るだけの余力のあった者らが集められたとも取れるかな? このガリアの上司、ラインハルトが巧みな筆さばきを有していたように、セラの世話を任されていたらしいビクトールは料理を得意としていた。
「ビクトールの作る『かれー』は絶品よ! あら? でもクレアが前に作ってくれた『かれー』はまた違った料理だったような……? まあ、いいわ! どっちも絶品よ!」
とはセラの言である。ビクトールがエプロンしながらカレーを作る姿か…… 想像できないな。まあ、そんな人材を娘の為にと世話役に当ててしまうからこそ、グスタフは暴王と呼ばれていたのかもしれない。
うん、悪魔四天王の内々の事情はよく分かった。
「あの、失礼ですが貴方とセラ様はどのようなご関係で?」
「「恋人」」
「グフォッ!」
おいおい、急にガリアが噴き出したぞ。そしてめっちゃ咽せてる。
「お、おい、大丈夫か?」
「ゴホッ、ゴホッ…… だ、大丈夫です。問題ありません」
「ちなみに私もケルヴィンの彼女ですっ」
「グベボッ!?」
アンジェがわざわざ黒フードを取り、キュピルン! なんて効果音が出そうなポーズを決めながら俺たちの関係を暴露した。別に隠している訳ではないが、今打ち明ける事でもないだろうに。その大胆さを2人きりの時も発揮できればなぁ、というのは個人的な悩みだ。
普段はむしろ大胆で意欲満々なアンジェであるのだが、どうも生前の経験が影響しているのか、肌が触れ合うような行為を忌諱している節がある。手を繋ぐのも一苦労なレベルだ。俺からは深く詮索しないよう努めているが、いつまでもこれではよろしくない。かといって俺から積極的に行動しては、照れ隠しなのか真っ赤になりながら忍ばせていたダガーナイフで首を狙ってくる始末。気配の読めないアンジェの攻撃は防ぐのも一苦労だ。寝惚けたメルフィーナの無意識攻撃に慣れた俺であったから良かったものの、常に首チョンパの危機なのである。で、そこから始まる戦い愛。これはこれでむしろウェルカムではある。
……しかしなぁ、たまにはイチャイチャもしたいのが男じゃないですか? そろそろアンジェの苦手意識を克服させたいと思う今日この頃。
それは別にして、アンジェの目論見通り(?)ガリアは深刻なダメージを受けているようだ。噴き出すと咽るを同時に行うとは、本当に器用な牛さんだ。
「アンジェ、何やってんだ……」
「こうすると面白くなるかなぁ、と。あと、ここで負けてなるものか、と」
んー、何やらセラに対抗意識を燃やしてるっぽい。だが面白くなるは余計である。悪魔四天王が面白い事になっちゃってる今、俺はもう少しシリアス風味にいきたいのだ。
「ガリアも何でそんな反応してるんだよ? ……おい、マジで大丈夫か?」
驚き過ぎたのか、ガリアが息をしていない。ただただ苦しそうにのたうち回っている。この王様、さっきから転がってばかりだな。このまま死んでもらっては流石に笑えないので白魔法で回復してやる。
「セラ様に彼氏、しかも二股だと……? グスタフ様がご存命であれば、血の雨が降っていた…… 国ごと滅ぼし、一族郎党処刑に…… いや、それでお怒りが済む筈がない…… 教育係であったラインハルト様や、その部下である余にまで被害が……」
回復するなり今度はブツブツと呟き出してしまった。呟く内容はどれも物騒この上ないものである。王様、しっかりしてください。傷は浅いですよ。あと二股とかじゃないから。
「ガリア、目を覚ましなさい!」
「あ、はいセラ様」
鶴の一声ならぬセラの一声で瞬時に正気へ戻ってしまった。
「しかし、まるで魔王グスタフが生きているような口振りだったな?」
「そうでしたか? いやはや、お恥ずかしい。大昔に染み付いた癖が未だ抜けない時がありまして……」
「父上は口よりも先に拳が出るものね。ビクトールがよくぶっ飛ばされていたものだわ」
「ビクトール様
も、ってお前…… もしや、日常的に悪魔四天王全員がぶっ飛ばされていたんだろうか。何という暴王か。
「こう言っちゃなんだが、セラの事についてかなり詳しいんだな? 確か魔王の娘であるセラの存在は秘密にされていたんだろ?」
「ええ、その通りです。ラインハルト様の側近であったとはいえ、私程度の身分ではセラ様の存在自体知る事ができませんでした。順を追ってお話しますと―――」
ガリア曰く、魔王に娘がいると知ったのはグスタフが先代勇者に倒された後の事らしい。やはりというか、グスタフはセルジュによって討伐されていた。悪魔四天王も各地で撃破されてしまっていたんだが、ラインハルトは大怪我を負いながら生き延びていた。勇者が去った後にガリアはラインハルトと共に衰退していくグレルバレルカ帝国を離れたそうだ。で、率直に述べるとラインハルトはこのドクトリア王国の初代国王なんだそうだ。国を挙げたのである。
「全てはセラ様の為であったのです」
ラインハルトは最も信頼のおける部下、ガリアにセラの存在を語った。さっきの肖像画を見たのもこの時だそうだ。ラインハルトはグレルバレルカ帝国の近くの地域に国を構え、セラがいつでも帰ってこれるよう居場所を護っていた。しかし、勇者から受けた傷は完治しておらず、数十年前にそれが原因となって亡くなってしまった。ガリアはラインハルトの意思を継ぐべく、ドクトリア王国の新たな王となったのだ。
「やだ、悪魔四天王が凄いイケメンだよケルヴィン君!」
「思ったんだけど、悪魔って基本善人じゃないか?」
「身内には甘いとも言えますがね。国の為とはいえ地上への遠征を企てた訳ですし、善人とは程遠いですよ。しかしながら弱肉強食なこの世界、悪魔だとしても心の拠り所は必要なのかもしれません。そして、そして、遂に我々の夢は叶いまして…… ウオオン、セラ様、よくぞ……!」
泣き出してしまった。まあ、今ばかりは仕方ない。積もり積もった喜怒哀楽、悪魔だって吐き出すさ。
「……そうだったのね。大儀だったわ、ガリア! それとラインハルトもね!」
「うう、ありがたき幸せ……っ!」
凛とした、だけど仁王立ちなセラにガリアがかしづく。それから暫くして、ガリアも何度目かの落ち着きを取り戻した。
「セラ様、このドクトリア王国はセラ様の為に作られた国です。何なりとお申し付けくださいっ! むしろこのまま住んで頂いても結構です!」
「あ、それは別にいらないわ!」
「グハァッ!?」
そしてすぐさま無碍にするスタイル。ラインハルトと血を吐いたガリアが報われない。
「だって私、もう帰るべき場所があるもの。第2の故郷として、たまに帰省するくらいしかできないわ。えっと、それでも良いかしら?」
「……それで構いません。ラインハルト様、ビクトール様、そしてグスタフ様に代わり、僭越ながら私が言わせて頂きましょう。セラ様、おかえりなさい」
「ええ、ただいま!」
報われた、かな?