Chapter 367

 わたくしはフィリーネと申します。ローゼマイン様の側近の文官見習いです。下級貴族であるわたくしが、領主候補生の側近になれるだなんて幸運以外の何物でもございません。

 そのうえ、わたくしはローゼマイン様に自分だけではなく、弟のコンラートまで救っていただき、北の離れにお部屋まで賜ったのです。命をかけてローゼマイン様にお仕えしたいと思っています。

 普通の文官見習いは、貴族街に家があれば通いになります。親や親戚の仕事を手伝いながら、仕事を覚えていくことがほとんどなので、見習い中は地元の親族の下で仕事をすることになります。貴族街に住む者は城で、どこかのギーベに仕えているならば、その土地で、見習い仕事をするのです。

 そして、貴族院の卒業後、成績優秀な者が領主に命じられれば、寮に入って城に勤めることもありますが、大半は地元へと帰って行きます。城で働くのは、貴族街の文官がほとんどです。以前は遠い土地の者のために文官用の寮があったそうですが、利用者が少ないため、今では騎士寮を一緒に使うようになっているそうです。

 騎士見習いも貴族街に住まいがある場合は通いで城へやってきて、ギーベに仕えている者は地元で騎士達の訓練を受けながら過ごします。

 ただ、文官と違って、騎士は成人してから数年間、団体行動を叩き込まれるため、全員が問答無用で寮生活をすることになっています。その後、実家に帰ったり、どこかに配属されたりするのです。

 側仕え見習いは少し違っています。最初は自分の親族の側仕えとなって、仕事の仕方を教えられます。親族から合格が出たら、貴族街出身の者は城へやってきて、ギーベに仕える者は地元で見習い仕事をします。他には貴族街の上級貴族に仕える仕事もあります。

 領主一族に仕える側近は、主の部屋近くに部屋が与えられ、側近でなくても住み込みで仕事を行う者のためには、城の一角に部屋が準備されます。

 ローゼマイン様の側仕えでは、貴族街に家があり、家族がいるオティーリエは部屋を賜っていても、基本的には通いです。夫はなく、子供の世代に代替わりしているリヒャルダは、ほとんど城に住んでいて、たまにお休みをもらった時だけ家に帰っています。

 わたくしは文官見習いですが、騎士寮ではなく、側仕えと同じようにローゼマイン様のお部屋近くに一室を賜りました。ローゼマインの側近であること、家族の介入を防ぐためというのが、その理由です。

 普段は2の鐘の前に動き出す側仕え達ですが、本日は境界門で行われる星結びの儀式に同行するため、1の鐘が鳴り終わった頃から動き始めています。

 わたくしも皆の動きを察知して起きました。北の離れの側仕えが食事をとる部屋へ向かうと、ブリュンヒルデがちょうど朝食を終えたところでした。

「あら、フィリーネは同行しないのですから、もう少し寝ていてもよかったのですよ」

 騎獣服を着て、出発の準備を整えているブリュンヒルデがわたくしを見てそう言いました。ブリュンヒルデは上級貴族ですが、とても優しい方です。「これくらいができない側近では、主であるローゼマイン様が恥をかきます」と言いながら、貴族の決まり事を細やかに教えてくれたり、それとなく手助けをしたりしてくれます。

「わたくしにお手伝いできることはしたいですし、お見送りもしたいですから」

 城に住む側仕えの食事は宮廷料理人が作ってくれているので、領主一族に比べると品数が少し少ないですが、味はとてもおいしいです。

 宮廷料理人を増やして、いずれは騎士寮にも同じような食事を出す予定だそうですが、料理人の教育や増加は簡単にはできないようです。騎士寮で生活しているユーディットが嘆いていました。

「今回の遠出は城以外でのローゼマイン姫様を知る良い機会です。そして、姫様が貴族の常識には疎いことを念頭に置いて、ライゼガング伯爵家で失敗しないように、よくお仕えしてきてくださいませ」

 リヒャルダの言葉に頷いて、オティーリエとブリュンヒルデ、ハルトムートとレオノーレが騎獣を出して出発準備を整えます。周囲には領主一族とその側近達、新郎の家族が二組、一行を守る騎士団がいて、大人数がそれぞれの準備をしています。

 神殿から出発のオルドナンツが来たと連絡があったので、そろそろローゼマイン様が到着されるでしょう。

「あ、来ましたね。……え?」

 ローゼマイン様の騎獣が今まで見たことがないほどに大きくなっていて、わたくしは空を見上げたまま、思わず目を見開きました。

 ローゼマイン様の大きな、大きな騎獣が下りてきて、ぐいんと出入り口が開くと、その中からダームエルが大きな包みを抱えて降りて来ました。中には灰色神官が何人も乗っていて、たくさんの荷物が積み込まれているのが、大きく開いた出入り口から見えます。

「境界門までどのように灰色神官や神具を移動するのかと思えば……。騎獣とはこれほど大きくなるものなのですね」

 わたくしと同じように皆の見送りに出ているユーディットも呆然とした顔でローゼマイン様の騎獣を見ています。ユーディットの言葉にわたくしはコクリと頷きました。

「では、出発するぞ」

「いってらっしゃいませ」

「留守を頼む」

 一斉に飛び立っていった騎獣の群れとは逆に、ダームエルだけは戻ってきました。下級騎士であるダームエルも今回はお留守番なのです。

「神殿でのお勤め、お疲れ様でした、ダームエル。今日はゆっくりと過ごせそうですね」

「フィリーネもこれから数日はゆっくりできるな。神殿に向かう必要がない」

 わたくしは文官見習いとして外せない講義や会合以外の日は神殿に日参しています。フェシュピールのお稽古、フェルディナンド様のお手伝い、写本、孤児院や工房の見回り、下町の商人との会合、神殿にいると、城にいるよりもはるかに忙しく、毎日確実に鍛えられている実感がわくのです。城では貴族院の一年生にこれだけの仕事を任せるようなことはしません。

 ……それに、ダームエルもいますから。

「わたくし、城ではやることが少ないので、落ち着きません」

「安心するといい。フィリーネのためにダンケルフェルガーの本を預かってきている。続きの写本を頼みます、だそうだ」

 ダームエルによると、ローゼマイン様はわたくしの仕事をしっかりと準備してくださったようです。ダームエルが抱えている包みはダンケルフェルガーの本なのでしょう。

「ローゼマイン様が戻られたら、ダームエルはすぐに神殿の護衛任務に就くのでしょう? わたくしも神殿に参りたいと思っているのですけれど……」

「いや、儀式から戻ってきたら、ローゼマイン様は寝込むだろうから、体調が落ち着くまでは神殿に行っても意味がないな」

 ……あぁ、ローゼマイン様のお体の弱さを失念しておりました。

 護衛する騎士は必要でも、文官は必要ありません。周囲が仕事をしていると、ローゼマイン様が無理をして仕事を始めようとするので、むしろ、迷惑になってしまいます。

 わたくしが肩を落とすと、ダームエルが肩を竦めました。

「ローゼマイン様が回復したら、オルドナンツを飛ばすので、それまでは城にいた方が良い」

「わかりました。忘れずにオルドナンツを送ってくださいませ」

 ダームエルが「フィリーネは真面目だな」と笑って請け負ってくれました。

 その後、ダームエルは大事なダンケルフェルガーの本をリヒャルダとリーゼレータに預けると、一度騎士寮に戻る、と言って騎獣を出し、騎士寮に向かって飛んでいきます。

 ……オルドナンツを送ってくださる約束ができました。楽しみです。

 嬉しくなりながら、ダームエルの後ろ姿を見ていると、ユーディットがクスクスと笑いながら、わたくしの頬を指先で突きました。

「フィリーネは本当にダームエルがお好きなのですね」

「……また、顔に出ていましたか?」

 わたくしが頬を押さえると、ユーディットがフフッと笑いながら「とても」と大きく頷きます。もうユーディットにもブリュンヒルデにもリーゼレータにもわたくしの気持ちは知られてしまっているのです。

「だって……素敵ではありませんか」

「フィリーネを救ってくれた英雄ですものね。下級騎士なのに、側近に抜擢され、いつも神殿に同行を許されて思い上がっているのかと思えば、ローゼマイン様に振り回されて苦労しているだけでしたし。鈍いけれど、悪い男ではないようなので、フィリーネは頑張ると良いですよ。エルヴィーラ様も、すぐには結婚相手が見つけられない、とおっしゃったようですから」

 ユーディットが、ローゼマイン様とダームエルの会話を教えてくれました。エルヴィーラ様に「すぐには見つかりません」と言われて、「結婚は不可能ですか」と落ち込んでいたそうです。すぐにでも結婚したいダームエルには悪いのですけれど、わたくしが成人するくらいまで待っていてくれないかと思ってしまうのです。

「フィリーネがローゼマイン様にお願いすれば、きっと時の女神 ドレッファングーアの御加護があるでしょう」

「そのような厚かましいことはできません。わたくしのような子供が候補に挙がっても、ダームエルはがっかりするでしょうし」

 ……せめて、成人目前でしたら、少しは希望もあるのですけれど。

 楽しそうに「想いを告げてみては?」と煽るユーディットに首を振りながら歩き、ローゼマイン様のお部屋に戻ると、いつもの生活が始まります。ローゼマイン様は神殿にいらっしゃる時間が長いので、不在でもいつもの生活です。

 今日は見送りがありましたが、普段から朝食の後は、側仕え達が面会依頼の仕分けをします。今日もリヒャルダとリーゼレータが面会依頼を見ています。

「リヒャルダ、一時は減っていたのに、ここ数日、旧ヴェローニカ派の面会依頼が急に増えてきたと思いませんか?」

「……何かあったのかもしれませんね。今日はわたくし、情報を集めて参りましょう」

 リーゼレータとリヒャルダがそのような話をしているのを聞きながら、わたくしはダンケルフェルガーの写本をしていました。古くて難しい言葉や言い回しなので、なかなか進みません。これをスラスラと読めるローゼマイン様がすごすぎるのです。

 面会依頼の仕分けが終わる頃にダームエルが騎士寮から戻ってきました。

「これから扉の警備に立ちます」

「あぁ、ダームエル。今日、わたくしは情報収集のために知人のところへ参ります。城の中ですから、何かあればオルドナンツで知らせてくださいませ。それから、3の鐘にはフィリーネが文官見習いの講義に向かいます。今日は城の中に旧ヴェローニカ派が多く、フロレンツィア派がほとんどいない状態なので、護衛をお願いしますね」

 リヒャルダがそう言って、ダームエルをわたくしに付けてくれました。ダームエルが了承するのを聞いて、心が浮き立ってきます。

 ……どうしましょう。3の鐘の後の講義がとても楽しみになってきました。

 面会依頼の仕分けが終わると、側仕えが部屋の掃除をするので、わたくしは自分の部屋で勉強をするか、騎士団の訓練に参加するか、どちらかになります。

 今日は皆が出かけていて、騎士団の人数も少なく、警備に残っている騎士がほとんど全員出ている状態なので、訓練はありません。勉強のために移動しようとペンを片付け始めたら、リーゼレータが軽く手を挙げて、わたくしを止めました。

「フィリーネ、今日は移動しなくても大丈夫ですよ。わたくし、これから刺繍をするので、終わってからお掃除をする予定なのです。刺繍をすると、どうしても細かい糸が散らかりますから」

 リヒャルダが情報集めに向かう準備をしている中、リーゼレータはシュバルツ達の衣装に刺繍をする準備を始めました。リーゼレータは本当に細かい刺繍を美しく行うのです。

 アンゲリカは外見と中身がずいぶんと違う方ですが、リーゼレータは仕事中とそれ以外がずいぶんと違う方です。仕事中はおとなしくて控えめですが、仕事が終わると、途端にお喋りな女の子になります。切り替えの見事さに、最初はリーゼレータが別人になってしまったのかと思いました。

 ……だって、アンゲリカは変わらないのですもの。

「扉の警備はダームエルに任せて、ユーディットも一緒に刺繍をいたしましょう。いつかマントに刺繍をしたいのでしょう?」

 リーゼレータに誘われて、ユーディットはリーゼレータとダームエルを何度か見比べました。護衛任務をきっちりとしたいけれど、リーゼレータに刺繍を教えてほしい、そんな表情をしています。

「今日は訪問者もいないだろうから、刺繍の練習を頑張って、将来の旦那様にしてあげるといいのではないか?」

「……嫌ですよ。わたくしはアンゲリカを目指しているのです。自分のために刺繍はしますけれど、殿方のために覚えるわけではございません」

 最近はユーディットのダームエルに対する態度が軟化して、よく軽いやり取りをしています。何だかユーディットとダームエルの仲が良くて、ほんの少しだけ羨ましくなってしまいます。

 ……どうしても遠慮してしまうというか、中級貴族のユーディットと違って、気軽に話しかけられないというか……。わかっています! ユーディットにそのような感情がないことはわかっているのです! でも、ダームエルは素敵な方ですから、いつ気持ちが変わるか、わからないではありませんか!

 ダームエルはローゼマイン様の魔力圧縮で中級貴族のブリギッテ様と婚姻できるほどに魔力を伸ばしたのです。わたくしもそれくらいまでは魔力を伸ばさなくては、視界にさえ入れないでしょう。頑張って圧縮していますが、魔力が低い下級貴族の我が身が恨めしいです。

 3の鐘が鳴りました。写本に使っていた道具を片付けます。

 今日は貴族院の一年生を終了した文官見習いが集められて、城の仕事の基本を教わる講義があるのです。わたくしはローゼマイン様の側近ですけれど、城の中は不案内なので、参加するように言われています。

 本日の予定では、文官達が働く場所を見学して回ることになっていて、ローゼマイン様がとても参加したがっていました。ローゼマイン様は領主候補生ですが、文官見習いの講義も取る予定だそうです。

 ……わたくし、もっと努力しなければ、優秀すぎるローゼマイン様の側近として失格だと言われるに違いありません。

「フィリーネ、早く行かないと遅れるぞ」

「すぐに行きます」

 わたくしはダームエルと北の離れを出て、本館へと向かいます。歩く速度を合わせてくれることに、ちょっと幸せを噛みしめながら歩きます。ダームエルと一緒なのは嬉しいですけれど、本館に行くのは少し緊張します。わたくし達はローゼマイン様の側近ですが、下級貴族なので、陰口を叩かれることが多いのです。

 神殿は成人の方が望ましいので、ダームエルは必ずローゼマイン様に同行しています。その代わりに、慣れている城での護衛は見習い達に任せているので、ダームエルはよく「上級騎士は神殿に連れて行けないから、側近として残されている神殿専用騎士」と言われているのです。

 そして、コンラートを救っていただき、お部屋を賜ったわたくしは「聖女の慈悲を上手く利用した下級貴族」と言われています。

 最初はいちいち泣きたい気分になっていましたけれど、最近は少しずつ慣れてきました。もちろん、嫌な気分にはなるのですけれど、ダームエルが「ローゼマイン様がフィリーネを側近に加えたから、やっかみを受けているだけだ」と軽く肩を竦め、聞き流し方を教えてくれたおかげです。

 ……ダームエルは優しいし、素敵でしょう?

 文官見習いの講義に集まるのはほんの数人です。一年生の文官見習いはわたくしとローデリヒだけで、前年に参加できなかった二年生が二人加わることになっています。ローゼマイン様は領主候補生なので、本人は文官見習いのつもりでも、あまり文官見習いには数えられません。

 皆、貴族院の寮で一冬を共に過ごしている顔馴染みばかりで、あまり緊張がないのが嬉しいです。

「ローデリヒ」

「あ、フィリーネ!」

 ローデリヒはお話を作ることに力を注いでいる文官見習いです。ローゼマイン様が眠っている間、競うようにしてお話を作っていたのに、わたくしだけが側近に取り立てられて、少しだけ後ろめたい気持ちになりました。おそらく、ローデリヒが旧ヴェローニカ派でなければ、下級貴族のわたくしではなく、中級貴族のローデリヒが側近になったでしょう。

「まだ他に誰も来ていないから、ちょうど良かった」

 ローデリヒはきょろきょろと辺りを見回し、周囲を確認しながら、自分の荷物の中から手紙を取り出しました。

「……こ、これを、フィリーネに。部屋に戻ったらすぐに読んでほしい!」

 緊張しきった顔のローデリヒから突然手紙を渡され、わたくしは思わず手紙とダームエルを見比べました。「誰も来ていない」とローデリヒは言いましたが、隣にいるダームエルは目に入っていないのでしょうか。

 手紙を渡したことで、ホッとしたのか、ローデリヒの方から「間に合った」と緊張が抜けていきますが、わたくしは頭を抱えて叫びたくなってしまいました。

 ……よりにもよって、ダームエルの前で渡すのは止めてくださいませ!

 ダームエルが手紙を見下ろしながら、「恋文か。ローデリヒは中級貴族だろう? 階級を上がれる貴重な機会だから、逃がさないようにした方が良い」と呟き、その後、後悔の詰まった重い溜息を吐きました。

 ダームエルの目に触れないように手紙を隠しながら、わたくしも溜息を吐きます。こうして、ブリギッテ様への未練と同時に、完全に自分が対象外だという現実を突きつけられるのが、一番心が痛むのです。

 すぐに二年生の文官見習いもやってきて、カントーナという文官が本館の説明を始めました。沈んだ気分で、本館を巡りつつ、ローゼマイン様に講義内容を教えられるようにメモ書きだけは忘れません。

 講義を終えて、北の離れへと戻ると、ユーディットがわたくしを見て、心配そうな顔になりました。

「フィリーネ、何だか顔色が良くないですよ。まさかダームエルに何かされましたか?」

「待ってくれ、ユーディット! 何故いきなり私の名前が出るのだ!?」

「他に思いつかないからです」

 きっぱりとユーディットが言い切ると、リーゼレータも「え? ダームエルがフィリーネに何をしたのですか? まさかひどいことを……」と言い始めてしまい、ダームエルが慌てて首を振って否定します。

「誤解だ。先程文官見習いの一年生のローデリヒから恋文をもらっていたので、その関係だろう。私は無関係だ」

「……やっぱり関係あったではありませんか」

「ダームエル、どうしてそこでローデリヒを止めなかったのですか?」

「いや、私がどうして止めなければならない? わけがわからないぞ」

「ダームエルはそれがわからないから、恋人ができないのですよ」

「ぐっ!」

 わいわいと楽しそうな三人に背を向けて、自室に戻ると、わたくしはローデリヒの手紙を開きました。お返事はなるべく早くした方が良いと思ったのです。

 ……え!?

 手紙に目を通した瞬間、ざっと血の気が引いていくのがわかりました。ローデリヒの手紙は恋文ではありません。襲撃計画があることを知らせるものだったのです。

 一枚目は知らない手跡で、星結びの儀式の準備のために、先発隊で出発する神殿組を強襲する計画があることが書かれていました。

 少し耳にしただけなので、事実かどうかの証拠はなく、「あの方の許可が出れば」という言葉があったので、本当に実行されるかどうかもわからない。けれど、対策を取ってほしい、という内容です。

 二枚目はローデリヒの手跡で、ローデリヒが手紙を渡すことになった経緯が書かれていました。

 ゲルラッハ子爵の息子、マティアスがその計画を知ってから、ローゼマイン様に何度か面会依頼を出したそうです。けれど、旧ヴェローニカ派である自分の依頼は受け入れてもらえなかったそうです。

 旧ヴェローニカ派の子供達の中で、少しでもローゼマイン様に近付けるのは誰かと話し合った結果、文官見習いの講義でわたくしと会う可能性があるローデリヒが手紙を渡す大役を仰せつかったそうです。

 旧ヴェローニカ派でもローゼマイン様のお役に立ちたい、と貴族院で言っていたことを実行したのでしょう。

 わたくしは手紙を握って、すぐさまローゼマイン様のお部屋へと駆けこみました。

「ダームエル、ユーディット! ローゼマイン様をお守りしてくださいませ!」

 わたくしが手紙を広げて見せると、皆が一斉に顔色を変えました。ダームエルが即座にオルドナンツをリヒャルダに送って、「強襲計画あり。大至急、ボニファティウス様に面会を望みます」と依頼しました。同時に、緊急事態なので、段取りをすっ飛ばして、ボニファティウス様にもオルドナンツを飛ばします。

 リヒャルダよりも、ボニファティウス様のオルドナンツが先に戻ってきました。

「すぐに来い!」

 簡潔な許可ですが、それを三回聞くこともなく、ダームエルはローデリヒからの手紙を握ると、ユーディットに留守を頼んで、部屋を飛び出していきました。

 ……どうか間に合いますように。

「ローゼマイン様……」

 もう二度とローゼマイン様が危険な目に遭いませんように、とユーディットとリーゼレータとわたくしの三人で祈り、おいしいのに味がほとんど感じられない昼食を終えました。

 昼食からしばらくたって、ダームエルとリヒャルダが戻ってきました。二人とも安堵の表情を見せています。

「ローゼマイン様は御無事なのですか!?」

「あぁ、襲撃は未然に防ぐことができたようだ」

 ボニファティウス様は領主からギーベに連絡を入れるための魔術具を使って、ライゼガング伯爵に直接今回の襲撃計画を伝えたそうです。ちょうど昼食を終える頃に連絡が取れたようで、まだローゼマイン様は出発されていない時間だったようです。

 情報提供者がマティアスだったおかげで、襲撃が来るにしてもどの辺りからか見当が付けられ、騎士が警戒に当たった結果、計画が漏れたことが伝わったのか、「あの方」の許可が下りなかったのか、ローゼマイン様達の神殿組は無事に境界門へとたどり着いたそうです。

「お手柄だった、とボニファティウス様がおっしゃいましたよ。ローゼマイン様が心を砕いていらした貴族院での団結が、確かに芽吹いていることを実感いたしました。子供達の団結力がそのうちに大人を動かすことになるでしょうね」

 リヒャルダが嬉しそうに目を細めてそう言ってくれたことで、わたくしもとても嬉しくなりました。

 襲撃計画が未遂で済んで、ローゼマイン様がご無事でよかった、と喜んでいると、ダームエルも緊張の糸が解れたように肩の力を抜きます。

 そして、その後、わたくしを見て、ニコリと笑いました。

「それにしても、フィリーネは残念だったな」

「え?」

「期待した恋文ではなかっただろう?」

 ダームエルの言葉に目の前が暗くなっていくのを感じました。

 わたくしはずっとローゼマイン様のご無事を案じていたのに、ダームエルにはこのような緊急事態で恋文のことを考えるような子供だと思われているのでしょうか。

 泣きたい気持ちでダームエルを見上げると、ダームエルが慌てた様子で手を振ります。

「な、泣かなくても良いだろう? その、フィリーネならば、良い出会いはいくらでもある。また恋文の一つや二つ、もらえるさ」

 ……違いますっ!

 ダームエルの背後でユーディットとリーゼレータが呆れたように溜息を吐いているのが見えます。

 わたくしの気持ちを知らないダームエルなりに、心配してくれているのでしょう。優しい人ですから。でも、方向が全く違うのです。

 ……もう、言ってしまっても良いでしょうか? わたくし、もう我慢せずに、言ってしまっても良いですよね?

 ぎゅっと拳を握って、わたくしは力一杯ダームエルを睨みました。ユーディットならば、いつものことでも、まさかわたくしが睨むとは思っていなかったのでしょう。ダームエルが動揺しているのがわかります。

 ダームエルの動揺をじっと見据えながら、わたくしは一度大きく息を吸って口を開きました。

「ダームエルは、わたくしが成人するまで、恋人も、結婚も、できなければ良いのです!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いくら何でもそれはひどいぞ、フィリーネ!」

「わたくしのちょっとした願望ですもの。ひどくありません」

「ひどい願望だ!」

 顔色を変えたダームエルを見て、ユーディットとリーゼレータがクスクスと笑いました。

 ダームエルに全く意味が通じていないことに安堵半分、寂しさ半分で、わたくしも二人と一緒に笑います。

 ……今度、エルヴィーラ様に応援をお願いしてみようかしら?