Chapter 411

 ―――魔都グレルバレルカ・血の噴水前

 シスター・エレンと思われる人物が邪神の心臓に向かった。詰まりそれは、先ほどリオンが当てずっぽうで言ってみた答えに繋がってしまう事を意味する。しかし、あり得るのか? シルヴィアとエマの育ての親、シスター・エレンがエレアリスの使徒のリーダー、代行者だったなんて事が。

「アンジェ、代行者の着ていた衣服って白い法衣だったか?」

「う、うん。少なくとも私が戻った時は、いつもその恰好だったよ」

 あかん、これあかんやつや。益々シスター・エレン=代行者の図式が成り立っていく。希望的観測で考えても仕方ないが、これをどうシルヴィア達に伝えればいいものか…… まずは状況を整理するか。エレンが使徒の根城に向かった理由を考えるとするならば―――

①シスター・エレンはやはり代行者だった。可能性大。

②シスター・エレンは唯一行方が知れていない第2柱の選定者。これも十分にあり得る。

③シスター・エレンの病を治すのに必要なものが、たまたま邪神の心臓にあった。運悪く使徒に出くわし、現在行動できない状況にある? 正に希望的観測。

 現実的に考えれば本命が①、次点で②だろうな。銀髪で同じ服装と、似ている点が多過ぎる。可能性は薄いが、③もなくはないと思うけど。

「もう1つ質問だ、アンジェ。ここ数年で使徒の根城に侵入者とかはいたのか?」

「ごめん、それは分からないや。私はずっと聖鍵せいけんの力を使って聖域に戻っていたし、そういう管理面は巫女の力を使っている代行者か、ずっと聖域にいる守護者しか知らないと思う。一応、ベルちゃんに聞くのも良いと思うけど、あまり期待はしないようにね」

「そうか……」

 元使徒とはいえ、聖域とされる根城の全域を把握している訳ではないか。何か、今ある情報から決定付けるような方法はないか? ―――あ、そうだ。

「アンジェ、更に注文だ。配下ネットワークに代行者の容姿を思い描いて、そのままアップロードしてくれ。人の顔を覚えるのは朝飯前だろ?」

「それはお安い御用だけど、どうするの?」

「まあまあ、まずはやってみてくれ」

「ええっと、こうかな?」

 アンジェが目を瞑ると、直ぐに代行者と思われる人物が配下ネットワークに映し出された。おー、確かにコレットに似ているかもな。例えるなら、コレットのお姉さんって感じか。聖女とも言えるし、聖母でも通りそうだ。胸もたわわである。

「ケルヴィン君、何を考えているのかなぁ?」

「い、いや、コレットに似ているなって」

 危ない危ない、今は胸の話題は厳禁だった。アンジェに刺される前にさっさと次の工程に進んでしまおう。

「次はリオンの出番だ」

「僕?」

「今アンジェが上げた代行者の姿を絵に描き写してほしいんだ。できるだけ正確に、写真みたいな感じでさ。スケッチブック持ってるか?」

「うん、丁度ハルちゃんから貰った画帳があるよ。クロト、出してー」

 ……ハルちゃん? ああ、ラインハルトの事か。

「そうそう、これこれ♪」

 リオンは上機嫌そうに大きめのスケッチブックをクロトから取り出した。その表紙には、大きな字で「悪魔四天王ラインハルト、偉大なる芸術家リオン大先生へ!」と書かれている。それ、サインなのか? ラインハルト先生からのサインなのか?

「あ、やっぱり気になる? この前、ハルちゃんとお互いのサインを書いた画帳を交換したんだ。初めてのサインで緊張しちゃった。何の変哲もない画帳らしいんだけど、これに描くと調子が良くって」

 お互いにサインし合うってのも珍しいな。しかし、そうはにかみながら話すリオンは可愛い。天使可愛い。

「えっと、少し待ってね」

 そして描き映す筆の速度が半端ない。矢継ぎ早に描かれる代行者の人物画は、あっという間に完成してしまった。

「これでどうかな?」

「相変わらず凄いな……」

「うん、これだけで一財産築けそうだよね……」

 リオンは代行者の絵を完璧に模写してくれた。よし、これで準備は整った。後はこの絵を読み込ませて、刀哉達のペンダントに向けて送信すれば―――

 ―――ピロリロリン♪

 シスター・エレンの姿を知るシルヴィア達に確認が取れる寸法だ。完全にオーバーテクノロジーだよね、これ。

『な、何か反応してる、反応してるよ雅!? 私何もしてないよ!?』

『落ち着いて。画像が添付されて来ただけ』

 そこまで過敏に反応されるとは思っていなかった。すまん、刹那。

「雅、悪いけどその画像をシルヴィアとエマに見せてくれ」

『了解――― あ、少し待って。2人が代わりたいみたい。刹那、交代して』

『ホッ……』

 ホッとする刹那の息遣いが聞こえたかと思えば、段々と興奮しているような声が耳に入ってきた。

『ケルヴィンさん、これどこで手に入れたんですかっ!?』

 エマである。とても煩い。だが、この反応からするに予想は①で合っていたようだな。

「確認するけど、その絵の人はシスター・エレンで間違いないか?」

『ええ、どこからどう見ても母さんです! 私達が探し求めていた母さんです! グスッ……』

『ん、私もお母さんだと思う。服装が少し違うのが気になるけど』

 エマが感極まって次第に涙声になり掛けている。シルヴィアの声色は変わらずで内心を察する事はできないが、このまま2人にエレンの正体を話していいものだろうか? 少し間を置いて、落ち着かせてからにするべきか? 話すにしても、この件はメルフィーナが深く関わっている。それについても説明しなくてはならない。

「……そうだな。この絵については、直接会って話したい。一度合流しないか?」

 話さない訳にもいかないよな。ただ、俺だけでは上手く説明する自信がないから皆を同席させる。たぶん、それが一番だ。

『分かった。今、どこにいるの?』

「こっちはグレルバレルカ帝国の城下町だ。シルヴィア達は――― 大分離れているな」

 ペンダントで位置を確認する。奈落の地アビスランドは地底の世界だと言われているが、実際には血の海に囲まれた1つの大きな大地のようなものだ。聞いた話では血の海の先は奈落の滝に繋がっているとか、空には行き止まりがあるとの伝承があるらしいが、今は置いておこう。

 俺のいるグレルバレルカを地図上に起こせば、その場所は東の果て。対して、シルヴィア達は西の果てにいる。恐らくは、そっち側にトラージの天獄飛泉が繋がっていたんだろう。お互いの中心は邪神の心臓、流石にここで落ち合う選択肢はない。

「仕方ない。迎えに行くか」

『迎え? どうやって?』

「幸運な事に、奈落の地アビスランド全土に転移門を隠し持っていた心配性な身内がいてさ。その人に頼んで、近場の転移門まで迎えに行くよ。そこからこっち側まで移動してもらう」

『転移門…… ん、分かった。ケルヴィンと一緒なら、同伴する形で資格のない私も行けるようになる。それで問題ないと思うよ』

「よし、決まりだな。これから(セラが)頼んでみるから、許可が出たらまた連絡するよ。それまで安全な場所で待機していてくれ」

 一先ずはこれで良し、と。後はシルヴィア達の近くに、義父さんが所有する転移門がある事を願うだけだな。説明に関しては、うん。シュトラとコレットに上手く立ち回ってもらおう。