Chapter 554
―――戦艦エルピス
黒流星が舞桜を抱く女神雪像に衝突する。対人戦において、下手な同情や加減など一切不要。リオンはその信念に基づいて、神殺しの力を存分に発揮させた。黒剣アクラマに乗った斬撃は全てを呑み込み、それどころか床を突き抜けて、エルピスの下部にまで破壊をもたらしている。斬撃の勢いは一向に衰えず、遂には方舟から解き放たれ、地上に広がる海にまで到達。エルピス全体の四分の一を占める大穴が、突如としてぽっかり開けられてしまった。幸い、外部で戦闘を行っている者達や飛空艇に被害はなかったようだが、あんまりな出来事に外の面々は目を点にしている。
「―――はぁーーー……!」
開けた大穴の淵で、リオンが大きく吐いた息と共に倒れ込む。練りに練った策、重ねに重ねた仲間の力、リオンは想いをその小さな背中で一身に背負い、巨大過ぎる力を使い切った。これまで生きてきた中で、一番頭を酷使したんじゃないかと思うほどに集中した。その代償なのか、研ぎ澄ましていた筈の意識がプッツリと切れてしまい、体も全然いう事を聞いてくれない。もう指先1つ動かせない状態だった。
「クゥン……?(大丈夫……?)」
そんなリオンを心配してか、影からアレックスが飛び出して、彼女の頬をペロリと舐める。
「……あはは、くすぐったいよ~」
声を振り絞って、アレックスに精一杯の笑顔を向ける。本当であればアレックスの顔に手を添えたかったが、もうそんな元気は微塵もない。尤も、アレックスはそんなリオンの事情を察してくれたようで、ただ黙って傍に寄り添ってくれた。
「あらぁーん。仲睦まじいわねぇ」
「プリティアちゃん……? って、血塗れ!?」
ふと掛けられた声の方へと顔を向けると、そこにはリオンが無理にでも叫んでしまうほどの重傷を負った、ゴルディアーナの姿があった。ゴルディアによるオーラは既に解除されており、壁を背にして何とか立っていられる、そんな状態だ。全身タイツは大事なところを残し、他の箇所は全て吹き飛んでいる。だからこそ、その屈強なる肉体がどれほど傷付いているか、リオンは直ぐに理解する事ができた。
「ごめん。僕、手加減できなくて……」
「なぁ~に言ってるのよん。リオンちゃんの愛、私は確かに受け止めたわん。ちょっとばかし瀕死にはなっちゃったけれどぉ、数時間も寝て起きれば元気になるわぁ。だからぁ、安心なさぁい?」
「えへへ、そう言ってくれると助かるよ~……」
バチコンとウインクを飛ばすゴルディアーナは、極力平気そうに振舞っていた。無理をしている事は明白であったが、リオンはこの気遣いを素直に受け入れる。
(あ、そう言えばクロトの保管に、回復薬があったっけな。プリティアちゃんに渡さないと……)
そう思い浮かんだリオンは、逸早くアレックスに伝えて薬を取ってもらう為、念話を飛ばそうとする。しかし、飛ばそうとした念話は止められてしまった。
「嘘、でしょ?」
「嘘じゃ、ない……」
何気なく知ってしまったその情報に、リオンは目を疑う。チラリと視界の端に映ったのは、左腕を失い、土手っ腹に大穴を開けた舞桜の姿だったのだ。彼のウィルで形成していた全身鎧は全てが剥がれ落ち、大剣の方のウィルも手にはない。いや、こちらに関しては失ったというよりは、手向けに置いて来たというべきか。彼の背後にはシルヴィアとエマが倒れており、それぞれに大剣が突き刺さっていた。
「シルヴィー、えっちゃん……!」
ここからでは2人の容態がよく見えない。立ち上がって戦って、助けないと。そう強く念じても、リオンの体は疾うに限界に達していた。ゆっくりと歩みを進める舞桜に対し、アレックスが遮るように立ち塞がるも、通常の攻撃が通じない舞桜に勝てる見込みは殆どない。
なけなしの精神をフル稼働させて、ゴルディアーナと協力して戦う案を考える。だが、ゴルディアーナは気絶してしまったのか、壁に寄り掛かって俯いたままだった。やはり、さっきまで相当の無理をしていたようだ。
「さっき、のはっ、本気、でぇ…… 死、ぬと、思った。神の、生命力…… 俺もっ、侮ってぇ、いた、よ……!」
舞桜の声は最早途切れ途切れで、今にも枯れてしまいそうなものだった。普通の体であれば、絶対に死んでいる状態だ。だがしかし、舞桜はそんな体で立ち上がり、あまつさえ戦いを再開させている。彼の命を未だに保っている肉体も馬鹿げているが、それを成そうとする信念も化け物染みていた。
「おいおい、選定者。不意打ちは頂けないな~」
「セル、ジュ……!」
いつの間にそこにいたのか、アレックスの横にはセルジュが立っていた。舞桜の光を無効化する鎧がなくなったからか、魔剣カラドボルグはアレックスに口に返してやり、代わりにその手には聖剣ウィルを握っている。
「狼君、リオンちゃんを任せたよ。ちょっとばかし、あの死に損ないに止めを刺してくるからさ」
「ふ、ふふ…… 無理、だ。如何に君と、言えども…… 俺に、攻、撃は、通じな、い……」
「いやー、選定者は詰んでるよ。だって、背後からせっちゃんが近付いても、全然気づかないんだもん」
「っ!?」
舞桜が背後に振り返る。確かに、そこには何らかの気配があった。シルヴィアのものではなく、エマのものでもない。同じ勇者だから分かる、同族の気配が。
「ほら、詰んでた。こんなブラフにも引っ掛かるなんてさ」
ドッと、迫っていた何かを片腕で掴み取る。触れた指に感じる鋭い痛み。掴み取っていたのは長剣。セルジュが持ったいたウィルと全く同じものが、そこにはあった。
「―――抜刀・
舞桜がセルジュの剣を認識したのとほぼ同時に、頭上より舞い降りた刹那が抜刀。舞桜がそれを理解した時には、もう彼女の刀は鞘に収まっていた。だからこそ、もう遅い。
「斬鉄権の行使を完了、これでさよならです」
「ああ、そうだねぇ。選定者、長年のお勤め、お疲れさんだ。今はただ、安らかに逝くと良いよ」
「う、わぁ…… 変な負け、方、しちゃった、なぁ……」
刹那が放ったのは虎狼流の最終奥義、
「神の力を得た選定者も、こうなったら流石に死んじゃうか。一応私からも言っておくよ、お疲れ様。 ……って事で、私達もおっつかれぇ! せっちゃん! 私が複製したウィルまで巻き込んでくれちゃって~、このこの! でも、頗る完璧だったぜ!」
「そこまで頭を回す余裕がなかったんですよ、肘でぐりぐりしないでください…… って、それよりも回復! エマさんとシルヴィアさんを回復してあげてくださいっ! 死んじゃいますよっ!」
「ああ、そうだったそうだった。ま、大丈夫だよ。選定者、ハッピーエンド以外は認めないタイプだったみたいだし、命までは取ってないと思うよ?」
「それでも、ですっ!」
刹那に促されて、渋々といった様子で2人の治療に向かうセルジュ。彼女の言う通り2人には息があり、正しく治療を施せば回復は見込めるようだ。その間に刹那はリオンとゴルディアーナの下に向かい、支給されていたメル印の回復薬を使用する。
「せっちゃん…… 最後の最後に任せちゃって、本当にごめん……」
「何言ってるの。リオンちゃんは立派にやり遂げたし、リオンちゃんの頑張りがあってこその戦いだったんだから、ちゃんと
「うー、その言葉は厳禁だよー……」
「へ?」
応急処置が施される最中、リオンは深刻な精神ダメージをなぜか食らっていた。ポカンとする刹那に、アレックスがお手の要領で肩を叩く。
「ウォン……(そっとしておいてあげて……)」
何はともあれ、これで神の使徒の残党は全滅。諸悪の根源であるクロメルと、彼女との因縁を持つケルヴィンの戦いが残されるのみとなった。